2013年9月24日 (火)

原子力発電は一神教の発想が根底にある

 

哲学者の中沢新一氏が主張していることに、そもそも原子力発電とは何なのかという問いかけがある。その要点は人類が利用しているエネルギーはすべて太陽エネルギーである。太陽エネルギーによって出来上がった植物をはじめとするあらゆる有機物が永年にわたって蓄積されたのが石油であり石炭であり、これらからエネルギーを取り出して利用しているのが人類である。ところが原子力エネルギーは人類が生息する生態系から全くはなれたところに新たな太陽を人工的につくりだすという思想が原点になっている。

 

人類が生息している生態圏から全くはなれたところから天の声が届けられ、それに従って生きるという一神教の発想と根底が同じである。

 

ここに基本的な無理がある。特に日本人にとっては大きな無理があるのである。

 

太陽エネルギーを植物などに転換されたものを利用してきた人類は、今後、太陽エネルギーを直接利用することを考えるべきである。別に新しい太陽を作り出すという発想は厳しく排除されるべきである。

 

といった主張である。私はなるほどと思っている。

 

では具体的にはどうするか。ここで参考になるのが植物の光合成であるという。その通りなのではないか。

 

2013年9月14日 (土)

 

オリンピック招致運動の最中、中国と韓国が東京に決まらないように大大的なロビー活動をしているという情報に接した。真偽のほどはわからないが、このことを裏付けるような報道があった。それは、東京に決まった当日の朝、中国のメデイアがごぞって誤報したというのである。

 

即ち、東京が落選したというニュースをいち早く一斉に流したというのである。

 

きっとロビー活動に自信があったのだろう。

 

結果は東京に大差で決まったのだから問題にすることはないかもしれないが、本当だとすれば実にけしからん話ではないか。

 

どの分野に関しても中国、韓国の姿勢を改めて監視していく必要があるのではないか。

 

 

2020年東京オリンピック開催決定はご同慶の至りである。

 

2020年のオリンピック招致について関係者のご努力にまず心より敬意を表したいと思う。

 

但し、招致のキャンペーンで気になったのは、なぜ東京で開催することを勧誘しているのかが明確ではなかったように思う。もっともキャンペーンを全部みたわけではないので、的がはずれているかもしれないが。

 

東京で開催するのは日本のため、日本の復興のため、日本の直面している閉塞感を払拭するため、など日本の事情だけが強調されていたのではないか。

 

東京で開催することが、アジアのため、さらに世界のために有意義であるという視点の強調が足りなかったのではないか。

 

決まったからいいようなものの、これでよく決まったという感すらする。

 

これから準備に取り掛かるわけであるが、その中で、ぜひ日本のためだけでなく、アジアのため、世界のために有意義なオリンピックしていくというイメージを構築していってほしい。

 

2012年6月18日 (月)

第2回「梟の森の会」勉強会の報告

梟の森の会の第2回朝食勉強会が6月12日に開催されました。

前回に引き続き愛知和男が所見を述べましたが、今回は主として外交安全保障問題についての所見を発表しました。その趣旨を要約してみますと我が国の外交の柱は戦後一貫して日米関係の強化でした。これは正しい選択でそのおかげもあって我が国は経済大国になったといって過言ではないと思います。

しかしこれからもいままでと同じような姿勢でいいかということになると、今までと同じではいけないのではないかという点を強調しました。

アメリカから離れるとか、ましてや他のどこかと同盟を結ぶとか言っているのではありません。

いぜんとしてアメリカとの関係は密接に維持していくことは当然日本の外交の基本であることは多言を要しないところですが、一方、何でもアメリカの言う通り、何をやるにもアメリカにお伺いを立ててアメリカの意向に従うといった従来型のいわゆるアメリカ追従型外交でいいのかどうか、そろそろ日本は自分で考え自分で行動するという姿勢が必要ではないかということを強調しました。

同時に中国です。中国はGDPで日本を抜いて世界第2位となりましたが、依然として国内では貧富の差が激しく国民一人当たりのGDPからいうと世界でまだまだ下の方ですので、今のところあまり気にすることはないという説も有力ですが、私はそうは思いません。中国の発展はやはり大きく、今後我が国の外交を推進していくうえで中国の存在はますます大きくなるということを、強調しました。

一口にいってこれからは日本にとって最重要外交案件は対中国外交であるということです。

そう考えると中国とは安易にことを構えてはならない、軍事的衝突は決して起こしてはならないということです。

日本人にはいざとなったらアメリカが助けてくれると安易に思っている向きが多いが日本が中国と軍事的争いになったとき、アメリカは決して助けてはくれないということです。

核の傘についてもしかり。アメリカの核によって守られているといのが日本人の信ずる神話になっているけれども、今やアメリカは核の傘を差し伸べてくれる気はないと思うべきではないか。特に中国に対してはアメリカが核を使うことなど絶対にありえないということを肝に銘じておく必要があると思うのです。

また中国外交を進めていくときに大切なのはアジア諸国との連携プレイだということです。

日本は単独で中国と向き合ったら相手になりません。いろいろなかたちでアジア諸国との連携を深めて中国外交をすすめるという発想が大切だと思います。

基本的なことは、アメリカとの関係です。今まで違って追従型から脱してアメリカと対等の立場に立って外交をすすめていくには、相当な覚悟が必要です。今日本はその覚悟を固めるときであると思います。

2012年6月 8日 (金)

台湾訪問(5月30日、31日)

5月30日、31日の2日間、台湾を訪問しました。旧知の蕭万長氏が4年間の副総統の重責を終えられたのでご慰労申し上げるのが最大の目的でした。蕭氏は更に今後は日台間の交流に力を尽くしたいと言っておられるので、今後もよろしくと申し上げることも目的でした。

蕭氏とは和やかな面談の後、急に昼飯を一緒しないかと誘われ、承諾すると、事務所に弁当を取り寄せてくれて、急ごしらえの昼食会となりました。蕭氏との関係を今後より一層深め行く貴重な第一歩となりました。

その他の主な面談者は次の通りです。

許水徳(元駐日代表)、廖了以(亜東関係協会会長)、詹春柏(国民党中央委員会副主席)、周能傳(台日架け橋プロジェクト所長、経済部工業局 副局長)、許世階(元駐日代表)

2012年6月 7日 (木)

梟の森の会  第一回の報告

「梟の森の会」の第一回の勉強会が5月29日、朝7時半から開かれました。

今回は初回ということもあり、私が所信を述べました。テーマは日本国家の国家理念についてです。

例えばアメリカですと国家理念は明確で「自由」です。中東に多い宗教国家も国家の理念は明確です。宗教に基づいた国家を建設するということであるからです。

共産主義国家も明確です。共産主義国家を建設することが国家理念だからです。

翻って日本国家はどうかということになると明確にのべることがなかなか難しいと言わざるをえません。

私は日本の国家理念は「自然崇拝国家」と謳うのがもっとも日本の歴史に照らしても適当ではないかと思います。

たとえば日本の森林は国土のおよそ70%で、世界でも群を抜いてトップです。森林の内半分は天然の森、後の半分は人工の森ですが、天然の森がここまで残っているというのは森には神が住んでいて神聖な場所という信仰が広くゆきわたっていることに原因があります。人工の森は木を利用するために木を切った先人が根こそぎ切るのではなく根は残してきたという事実、さらに常に新しく植林していったという事実の結果であります。

日本は天皇を象徴として戴いていますが、天皇は日本の伝統である自然崇拝を体現しておられると思います。

日本国家は伝統的な文化、習慣などを大切にし、ものごとを判断する際の判断基準にこれらを以ってする国家であると思います。

改革が流行っていますが、伝統的な文化や習慣を保守することを妨げるようなことが生じたとき、これら障害を取り除くための改革という意味での改革であるべきだと思います。

「梟の森の会」立ち上げに当たって

愛知和男です。まず簡単に自己紹介をさせていただきます。

生まれは昭和12年7月20日、したがってもうすぐ75歳、いわゆる後期高齢者となります。

大学を出て日本鋼管(今はJFE)に就職。1968年―72年、NYに駐在しました。

この経験が後々の政治家としての活動にすごく役立ちました。

ジョンソン大統領が次期大統領選挙に出馬しないと表明、ベトナム戦争の泥沼化がますます激しくなって、社会が騒然とした雰囲気でした。その中で市民運動で有名だったキング牧師が暗殺され、半年ほどあとには大統領選挙を目指していたロバート ケネディ氏が暗殺されました。大統領選挙では{法と秩序}を掲げたニクソンが当選しました。

父愛知揆一が国連総会の特派大使として佐藤総理により派遣されてきたのも、このころでした。国連代表権問題で従来の台湾政府を追い出して中国大陸政府が中国の代表の席を取ろうとする動きを阻止して台湾を守ろうという日本政府の姿勢でした。

いろいろな戦略を駆使しての工作でしたが、残念ながら敗北に終わり、国連総会の会場で劇的な交代劇が演じられることになりました。日本政府の代表である愛知揆一は会場を去る台湾代表に付き添って本会議場を後にしました。この行動が後々まで台湾の要人の間に語り継がれてゆきました。私の台湾に対する熱いおもいはここにその原点があります。

ところで私は父揆一の急逝を受けて急遽後継者を目指して選挙にでることになり、私の人生設計はすっかり変えざるを得ないことになりました。

時に田中総理はスキャンダルで大変な苦境にあり結局退陣となり三木内閣の誕生となります。「晴天のへきれき」との名文句ではじまった三木内閣は党内少数でこれを拡大したい三木首相は解散総選挙を目指しますが、党内は納得せず激しい抗争が展開され結局任期満了選挙となりました。選挙に立候補することを決意して準備に掛かっていた私は結局選挙までまるまる3年間待たされることになりました。

物心両面でよく耐えることができたと今から思い出しても感無量です。

でも決して無駄な3年間ではありませんでした。選挙というもの、その上に乗った政治の姿を肌で学んだ3年でした。その後引退までの30年あまりの政治家人生でいろいろな場面でこの経験が生きてきたと思います。

3年前に政界を引退しましたが、今の政治を見ると本当に情けなくなります。このままでは日本は沈没しかねないとの危機感を痛感しています。

この原因は現政権に直接の責任はありませが、それまで政権を担当してきた自民党には責任は無いのかといえば、責任はむしろ現政権より多くあるとさえ言えるのではないかとおもいます。簡単にいえば問題を先送りしてきた責任です。

私は今更現役に戻ることは不可能ですが、何らかの方法で社会の現状を打開するために貢献すべきではないかと思料した結果、有志と語り合って勉強会を立ち上げることにしました。今はやりの塾は政治的野心を持ったひとがその野心を成就させるために開設したものがほとんどですが、私の場合はそのような野心は持ちようがありませんので、純粋に勉強会として活動して、時に提言などをしていきたいと思っています。

因みに勉強会の名前を「梟の森の会」としました。鷹派でも鳩派でもない良識に基づいて判断行動していくという趣旨です。

5月29日に最初の勉強会を開催しました。今後順次報告をしてまいります。

2012年5月28日 (月)

記事作成テスト

開設完了